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【活動報告】第85回哲学カフェ『「手触り」の哲学カフェ~「哲学エンジニア」の洞察から、「つくる」の未来を探求する ~』2025/8/17

8/17(日)、定例開催のFactory Art Museum Toyama で、現地5名、オンライン1名による開催となりました。、3Dプリンタという現代技術を切り口に、西田幾多郎の「行為的直観」という哲学概念を読み解き、これからの「つくる」ことの本質と未来を探求する、熱意に満ちた対話の場となりました。大いに盛り上がった会となりました。

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第1部:3Dプリンタと「行為的直観」の共鳴

まず、主催者より、3Dプリンタが持つ「設計と製作のシームレスな関係性」が、西田哲学の「行為的直観」と深く共鳴する点について問題提起が行われました。デジタルデータ(思念)が、ほとんど時間的・空間的な断絶なく物理的な「もの」として現出して、それを見て設計者の思念を修正して、さらにものを改善するという高速のプロセスは、「作られたものから作るものへ」という、行為的直観の弁証法的な性質を、現代の技術で見事に体現しているのではないか、と。

参加者からは、このシームレスな関係性が、実践と理論、制作と設計の壁を溶かし、作り手の創造性を活性化させるという意見が寄せられ、活発な議論の幕開けとなりました。


第2部:ハイデガー哲学との比較と、新たな課題の浮上

議論を深めるため、他の哲学との比較が行われました。特に、ハイデガー哲学との対比が中心的なテーマとなりました。3Dプリンタが可能にする、作り手と「もの」との循環的な対話のあり方は、ハイデガーの言う「世界内存在」における解釈学的循環(世界を理解しつつ、その理解によって自らも変えられていくプロセス)と強い類似性があることが指摘されました。

一方で、テクノロジーが人間を単なる資源として駆り立てる「ゲシュテル(総駆り立て体制)」とは、どう違うのか、という鋭い問いも投げかけられました。ここから議論は、本日の核心的な課題へと発展します。すなわち、「創造性の活性化は、逆説的に、作り手を終わりのない自己改善へと駆り立て、新たな労働の疎外やブラック化に繋がるのではないか?」という、テクノロジーが持つ光と影の両面を直視する、極めて重要な論点が提示されました。


第3部:「行為的直観」を私たちの言葉で掴む

最後に、抽象的な概念を、参加者それぞれの具体的な経験から捉え直す試みが行われました。

ある参加者からは、「過去の実験のプロセスで、物の身になって考えることで、材料の適切な温度に気づいた経験がある」という、まさに「もの」との対話から知が生まれる事例が共有されました。

また、伝統的なマタギが、「獲物の夢を見るほどに対象と同一化することで、初めて仕留めることができる」という技術観を持つことも、行為的直観のあり方として挙げられました。

さらに、複雑で個別性の高い人間の身体を扱う医師の技能も、行為的直観の性質が強いのではないか、という指摘に対し、「医療ロボットの普及は、その暗黙知に支えられた豊かな世界観を、効率の名の下に崩壊させてしまうのではないか」という、未来への深い懸念が示され、対話は締めくくられました。


今回の哲学カフェは、一つの技術から始まり、哲学的な比較、社会的な課題、そして個人の実感へと、対話が有機的に広がっていく、非常に実り多い時間となりました。ご参加いただいた皆様の真摯な問いと洞察に、心より感謝申し上げます。

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【活動報告】第85回哲学カフェ「技術の根回しは可能か?」2025/7/20

7/20(日)、定例開催のFactory Art Museum Toyama で、現地6名による開催となりました。大いに盛り上がった会となりました。

はじめに

今回の哲学カフェでは、技術のあり方に対する市民の介入方法について、日本の伝統的な合意形成プロセスである「根回し」を主題とし、その対立概念としての「公開議論」と比較検討した。議論は、「根回し」の多面的な機能と性質の分析から始まり、その背景にある文化的文脈、そして「公開議論」が成立するための条件へと展開しました。最終的には、アンドリュー・フィーンバーグとマルティン・ハイデガーの思想を補助線とし、両プロセスが複雑に絡み合う現実と、その根底にあるべき倫理観、そして今後の新たな問いが探求されました。本稿は、参加者によってまとめられた議論の要点を基に、当日の思索の軌跡を報告しています。

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第1部:「根回し」の多角的分析 ― 秘匿性の功罪と文化的背景

議論の出発点として、まず「根回し」というアプローチが持つ多面的な性質が分析されました。その特徴は「秘匿性」にあるとされ、様々な機能と評価軸が提示されました。

  • 機能と目的:
    • 円滑化と課題共有: 「聞いてないよ!」という事態を防ぎ、事前に課題を共有することで、物事を円滑に進める。
    • 効率化: 合意形成の効率化を図るという側面。
    • 戦略性: 「結論ありき」で進められる戦略的な行為であり、反対意見を持つ者への「口封じ」や、議員の数集めのような「個別折衝」といった側面も持つ。
  • 性質と評価:
    • 二面性: 「圧力」であると同時に「お願い」でもあるという二面性を持つ。
    • 倫理的基盤: その行為の是非は、「善なる心の有無が大事」であり、根回しという行為「それ自体は中立的」であるという見解が示された。
    • 能力評価: 日本の組織文化においては、「根回しが下手な人は能力が低い」と見なされる傾向も指摘された。
  • 文化的・歴史的文脈:
    • 語源とアナロジー: 「土」に対するアクションという語源に触れ、それが「人」にたとえられる場合、「一子相伝の技術みたいなものか?」というアナロジーが提示された。
    • 普遍性: 「日本だけか?」という問いに対し、各国の「ロビイング」活動との共通性が指摘され、必ずしも日本固有の現象ではない可能性が示唆された。しかし、その背景には「ハイコンテクスト」な文化が深く関わっていると分析された。

第2部:対立概念としての「公開議論」― 公開性の理想と現実

次に、「根回し」の対立概念として「公開議論」が取り上げられ、その性質と成立条件が考察されました。

  • 成立の前提条件: 公開議論は、「全員が同じ情報と判断基準を持つことによって初めて成り立つのでは?」という、極めて高いハードルを持つ理想的なプロセスであることが確認された。
  • 性質とコスト: その性質は「公開性」にあり、オープンな議論を特徴とする。一方で、そのプロセスは「コストと時間がかかる」という現実的な課題を持つ。
  • 現代における傾向: 「公開性の比率は徐々に高まってきているのだろうか?」という問いに対しては、「徐々に高まっている」という認識が共有された。この背景には、「ローコンテクスト」なコミュニケーションへの移行や、「オープンソース」のような開かれた開発モデルの普及が関連していると考察された。

第3部:補助線としての思想家と、新たな問いの創出

最終セッションでは、これまでの議論を哲学的文脈に位置づけ、新たな問いを創出する試みがなされました。

  • 二人の思想家による補助線: まず、技術と人間の関係性を巡る二つの対極的な思想が確認された。
    • マルティン・ハイデガー: 「ゲシュテル」の概念に示されるように、人間は技術に駆り立てられ、制御することはできない。
    • アンドリュー・フィーンバーグ: 技術は民主的に合理化して制御できる。彼の「技術の民主的合理化」は、「公開議論」を考える上での重要な補助線となり、その具体例として「児童労働」の是正や「ボイラー」「Minitel」「環境アセスメント」の事例が挙げられた。
  • 二項対立の統合と、根源的な問い: 議論は、単に「根回し(秘匿性)」と「公開議論(公開性)」を対立させることに留まらなかった。
    • 現実の複雑性: 「実際は両者は複雑に入り組んでいるのではないか?」という視点が提示され、両者を明確に区切って評価することの限界が示唆された。
    • 倫理への回帰: 最終的に重要なのはプロセスの形式ではなく、「それこそ『善なる心』が背景にあることが重要なのでは?」という、行為の根底にあるべき倫理観へと議論は回帰した。
  • 未来への展望: 最後に、これまでの議論全体を統合し、未来への創造的な問いが立てられた。
    • 「フィーンバーグの議論を『根回し』(秘匿性)の領域にも広げられないか?」 この問いは、フィーンバーグが論じた「民主的合理化」の理念を、日本のハイコンテクストな文化の中で、いかにして創造的に応用できるかという、今後の探求に向けた重要な課題として提示され、議論は締めくくられた。

まとめ:

本哲学カフェにおける議論は、現代社会を覆う「テクノ封建制」の構造を多角的に分析すると同時に、その支配的な力学に対し、人間がデジタルとフィジカル両面における「ものづくり」という創造的実践を通じて主体性を回復し、新たな技術的・社会的選択肢を構築していく可能性を示唆しました。

【活動報告】第84哲学カフェ「あなたはテクノ領主の臣民ですか? ― テクノ封建制の構造と私たちの未来を考える」2025/6/15

6/15(日)、定例開催のFactory Art Museum Toyama で、現地5名による開催となりました。大いに盛り上がった会となりました。

はじめに

本哲学カフェでは、ヤニス・バルファキス氏が提唱する「テクノ封建制」を主題とし、現代社会における新たな権力構造の分析と、その状況下での人間の主体性のあり方について考察した。議論は3部構成で進行し、第1部ではテクノ封建制の構造定義、第2部ではその体制下における人間の状態分析、第3部では状況への応答可能性の探求が行われた。本稿は、当日のホワイトボードに記録された議論の軌跡を再構成し、報告するものである。

テクノ封建制についての哲学カフェ:当日のホワイトボードより

第1部:テクノ封建制の構造定義

議論の冒頭では、「テクノ封建制」が従来の「資本主義の終わり」の先に現れた新たな社会システムとして位置づけられた。ホワイトボードの記録に基づき、その主要な構成要素とメカニズムが以下のように定義された。

  • 主要な階級構成:
  • クラウド領主 (Cloud Lord): 巨大なデジタルプラットフォームを所有・運営する主体。
  • クラウド農奴 (Cloud Serf): 上記プラットフォームを利用する一般ユーザー。
  • この他に、プラットフォームに依存して労働力を提供する「ギグワーカー」や、物理的インフラを所有する「サーバーオーナー」といった存在も、この階級構造の中に位置づけられると指摘された。
  • レント(地代)のメカニズム:
    歴史上の封建制と同様、この体制の核心には「レント」の徴収メカニズムが存在する。現代におけるレントとは、ユーザーがプラットフォーム上で費やす「時間・意識・お金」そのものである。
  • アテンション・エコノミー: ユーザーの注意・関心を資源とみなし、それを収益化する経済モデル。
  • 秘密のアルゴリズム: クラウド領主が独占的に保有するアルゴリズムによって、ユーザーの行動データが分析され、レントの徴収が最適化・最大化される。

これらの要素から、テクノ封建制とは、クラウド領主が独占的なプラットフォーム(クラウド領地)を基盤に、アルゴリズムを用いてクラウド農奴の行動からデータを収集し、それをレントとして収益化する社会経済システムであると分析された。企業の価値評価指標である「PBR」といった従来の指標だけでは捉えきれない、新たな価値体系が形成されている可能性も示唆された。

第2部:テクノ封建制下における人間の状態分析

第2部では、この体制が人間の内面や社会関係にどのような影響を及ぼすかが考察された。

欲望の形成と主体性の揺らぎ:
参加者からは、「欲望をつくられている」のではないかという根源的な問いが提起された。これは、アテンション・エコノミーとアルゴリズムによって、個人の欲望や関心が外部から形成・誘導される状況を指す。この状況は、人間が本来持つべき「生存力」や「人間が主体性を保つ」ことを困難にしていると分析された。
また、この議論は前回の哲学カフェで取り上げられた哲学者マルティン・ハイデガーの思想とも関連づけられた。

【補足】ゲシュテル(Gestell)とは: ハイデガーが用いた哲学用語で、「総駆り立て体制」と訳される。これは、近代技術が自然や人間を含むあらゆる存在を、単に計算可能で効率化・利用可能な「資源(リソース)」として集め、駆り立てていくシステム全体を指す。この体制下では、人間もまたシステムを維持するための部品と化し、本来の自由なあり方を見失う危険があるとされる。

伝統的社会モデルとの対比:
ホワイトボードには、かつての「市民」が「政府」と関わり「口座」を通じて経済活動を行う社会モデルと、現代の「市民」が国境を越えた「グローバル経済」の中で直接的に「クラウド領主/農奴」の関係性に組み込まれていくモデルが対比的に示された。

第3部:応答可能性の探求 ― 「ものづくり」に見出す希望

最終セッションでは、この「作られた」状況としてのテクノ封建制に対し、私たちがいかに主体的・創造的に応答できるか、その可能性が探求された。議論の中心には**「ものづくりにある希望?」**という問いが据えられた。

  • ヘーゲルの「主人と奴隷の弁証法」による分析:
    この問いを深めるための分析ツールとして、ドイツの哲学者ヘーゲルの「主人と奴隷の弁証法」が参照された。【補足】主人と奴隷の弁証法とは: 人間が他者との承認を求める闘争の結果、「主人」と「奴隷」という非対称な関係が生まれる。しかし、支配される側の「奴隷」は、自然に働きかけ、対象を加工し形作るという「労働(ものづくり)」を通じて、自己の能力を自覚し、対象に自己を映し出すことで、次第に主体的な自己意識を獲得していく。このプロセスを通じて、最終的には奴隷が主人から精神的に自立し、両者の力関係が逆転する可能性が開かれる、という思想である。
    この弁証法を現代に当てはめ、「クラウド農奴」である私たちが、プラットフォームという「作られた」環境の中で、単にコンテンツを消費するだけでなく、自ら何かを生産・創造する「ものづくり」の実践を通じて、テクノ領主に対する従属的な関係から脱し、主体性を回復できるのではないか、という希望が語られた。
  • 具体的な応答の実践:
    この思想を背景に、具体的な応答の方法が検討された。
  1. 抵抗としての「ストライキ」: これは著者によって提案された方法だが、伝統的な抵抗手段としてのストライキが、デジタルなプラットフォーム労働において有効か否かが問われた。
  2. 代替デジタルシステムの創造:
  • 「オープンソース民主化」: 特定の企業に独占されない、透明で誰もが参加できる技術やシステムを共同で構築する動き。
  • 「分散」: クラウド領主によるインフラの独占を打破するため、個人や小規模なグループがサーバーを所有する(「サーバーオーナー増」)ことで、権力を分散させる考え方。
  1. 身体的・共同的実践への回帰: デジタル空間における創造的実践に加え、ホワイトボードには「自炊・バーベキュー・家庭菜園」といったキーワードも記された。これは、クラウド領地から物理的に離れ、自然に近い環境で自らの身体を動かし、他者と共同で作業を行うことの有効性を示唆する。このような身体的な「ものづくり」は、以下の点で重要な応答となりうると議論された。この点は著者の見解から離れた観点で良い議論になった。
  • 身体性の回復: デジタル空間で希薄になりがちな、五感を通じた直接的な経験や身体感覚を取り戻す。
  • 共同体の再構築: オンライン上の緩やかな繋がりとは異なる、顔の見える関係性の中での協力やコミュニケーションを育む。
  • 自律性の確保: 食を自らの手で作り出すといった行為を通じて、巨大な供給システムへの依存から一部でも自立し、生活の手綱を取り戻す。

西田幾多郎の思想との接続: これらのデジタルおよびフィジカルな創造的実践は、日本の哲学者・西田幾多郎の「作られたものから作るものへ」という思想と深く結びつけられた。これは、テクノ封建制という所与の状況を単に受け入れるのではなく、それを変革し、新たな技術文化や社会関係、そして生活様式を主体的に「作る」存在へと人間が転換していくことを意味する。ていく」のかを考える上で、重要な示唆を与えるものとなりました。

まとめ:

本哲学カフェにおける議論は、現代社会を覆う「テクノ封建制」の構造を多角的に分析すると同時に、その支配的な力学に対し、人間がデジタルとフィジカル両面における「ものづくり」という創造的実践を通じて主体性を回復し、新たな技術的・社会的選択肢を構築していく可能性を示唆した。