【活動報告】第46回哲学カフェ×ミュージアム「メタバースと哲学の間で」2022/05/15

5/15(日)にFactory Art Museum Toyama において「メタバースと哲学の間で」をテーマとして哲学カフェを開催しました。

現地参加者7名、オンラインでの参加者2名でした。

前回のおさらいとして、メタバースの定義の確認をした上で、今回底本としているチャーマーズの『Reality +』の概略案内を改めて行いました。中でも、バーチャルリアリティは物理的現実よりも純粋な現実であるというテーゼを強調して説明しました。

今回新しく導入するテーマとして、映画マトリックスで有名になった「シミュレーション仮説」を説明しました。私たちと取り巻く世界は、はコンピュータシミュレータによって運用された存在にすぎないという考え方です。

それを検証するための哲学として、デカルトの方法的懐疑と「我思う、ゆえに我あり」という有名なテーゼを説明しました。邪悪な悪魔によって錯覚をさせられているという全面的な方法的懐疑によって、疑う私の思考作用と、その私の存在は疑うことができないという結論が出てくるわけですが、その思考作用もシミュレータによって操作されているかもしれないとするチャーマーズの見解も紹介しました。チャーマーズは、「私には思考の働きがある、ゆえに私は存在している」とすべきだとしている興味深い提案も紹介しました。

今回は実際にメタバースに習熟するユーザーが参加されていたり、心理の勉強とそれを活かした仕事をされている方が参加されていたりして、その経験をもとにご意見を頂きました。

実際にメタバースに没入する方にとって、「邪悪な悪魔の操作」というデカルトの方法的懐疑は実にしっくり来るものであるという感想をいただきました。メタバースはクリエーターが作り出すシミュレーション世界で、ユーザーはその掌で転がされているような感覚になるのかもしれません。

カウンセリングをすることは、まさにシミュレーションされた思い込みからクライアントを解放することになるわけで、対話を主催するこちらも学ぶところが多かったです。邪悪の人が自分の意図通りに動くように、相手に思い込みをシミュレーション・プログラミングされるケースが多いことも知ることができました。

こちらからは、バーチャルリアリティとその外部という問題について提案しました。チャーマーズのテーゼにあるように、バーチャルリアリティは純粋な現実を作り出すのですが、そこからは自然や不純物を取り除いているわけです。天候不順や飢えも悪臭もない快適なシミュレーション世界ではありますが、不都合な現実を捨象していることを念頭に置いて、バーチャルリアリティを相対化することが必要です。

また、バーチャルリアリティに対して対峙するもう一つの存在は絶対者です。チャーマーズはいみじくもプラトンの洞窟の比喩を取り上げていますが、その背後にある絶対者たる善のイデアについての言及がありません。人間が眩しくて直接認識できない太陽のような善のイデアは、人工物であるバーチャルリアリティの中にはありえませんし、方法的懐疑の外部、そして人工物であるシミュレーション仮説の外部にしかありえません。そのようにして、バーチャルリアリティを相対化することが必要であることも説明しました。

次回は、6月19日に開催します。引き続き『Reality +』を読み進めていきます。私の大好きなバークリーが登場します。どうぞお楽しみに。

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