最新情報

20230115哲学カフェのホワイトボード

【活動報告】第54回哲学カフェ×ミュージアム「生活世界とは何か?」2023/1/15

1/15(日)にFactory Art Museum Toyama において「生活世界とは何か?」をテーマとして哲学カフェを開催しました。前回の「話せば分かるのか?」は、ハーバーマスのコミュニケーション的行為をめぐって議論をして、その中のシステムと生活世界の相克関係が参加者の皆さんの興味を強く引いていました。そこで、そのベースにある「生活世界」そのものについて議論する必要があると考えて今回のテーマ設定となりました。

現地参加者8名、オンラインでの参加者2名でした。リピート参加の方と新規参加の方がそれぞれいらっしゃいました。現地参加がコロナ前の水準に回復しつつあり、とても活気のある会となりました。

第1部では、ファシリテータの野末から基礎知識の共有を行いました。

フッサールが提案した「生活世界」の概念が、彼の創始した現象学に由来することをまずは紹介しました。そして、それがハイデガーの世界内存在、メルロ・ポンティの身体論、そして近年流行しているケア論にも大きな影響を与えていることをご紹介しました。

20230115哲学カフェのホワイトボード

システムが生活世界を植民地化しているという図式のおさらいもしましたが、やはり現今のITが指数関数的な進化を遂げていて、人びとの素朴な感情を置き去りにしている状況を説明する上で分かりやすいのか、前回以上に強い関心を持たれていました。

これに対して、第2部と第3部では、生活世界からシステムへ働きかけるコミュニケーション的行為の可能性について前回から引き続いて議論が進みました。SNSが私たちの人間関係を蝕む時代において、私たちがIT企業に疑念を突き付けることは意味があるとは思うが、市民が能動的にシステムに深く関与する主体性を維持することはやはり困難ではないかという疑問が出ました。それについては、「弱いつながりの強さ」の理論があることを紹介しました。つまり、SNSで弱くつながり合う中から、強いつながりに至るきっかけを模索することは可能ではないかという見解を共有することができました。

こちらの意図とは異なり、生活世界や現象学の話にはつながりませんでしたが、前回からの継続した議論を深堀で来たという点では意義があったと思います。

次回は、システムの中枢を占める技術が私たちに及ぼす影響をもう少し考えてみます。具体的には、ユク・ホイさんの『中国における技術への問い』をもとに、以前からこの哲学カフェで考えられていたテーマについて考えていきます。

映画『マトリックス』のイメージ

『中国における技術への問い』書評

新年第一弾としてnoteに書評をアップしました。昨年哲学カフェで一年間追いかけてきたテーマが、深く、詳細に、内容が凝縮されて展開されています。特に、先般共有した論文「哲学と工学の対話の試み~技術決定論と民主的合理化~」では追求することができなかった論点が数多く籠められています。

注目すべき点は、この書籍は「素描」あるいは「目次」にすぎないとしている点です。本書の内容に従って、すでに2冊の書籍において論考が展開しており、そして今後も展開されることが楽しみです。そのうち、すでに『再帰性と偶然性』が邦訳されています。こちらも読了次第、書評をアップします。

ハーバーマス

【活動報告】第53回哲学カフェ×ミュージアム「話せば分かるのか?」2022/12/18

12/18(日)にFactory Art Museum Toyama において「話せば分かるのか?」をテーマとして哲学カフェを開催しました。前回の「人類は賢くなれるのか?」は、啓蒙可能性について議論をしていましたが、そもそも啓蒙する以前に意志の疎通が困難なのでコミュニケーションが可能なのかという問いが必要ではないかということで今回のテーマ設定となりました。

現地参加者5名、オンラインでの参加者4名でした。リピート参加の方と新規参加の方がそれぞれいらっしゃいました。

第1部では、ファシリテータの野末から基礎知識の共有を行いました。

ドイツの哲学者ハーバーマスのコミュニケーション的行為をその哲学的背景から説明をしました。まずはハーバーマスが、以前にも哲学カフェでご紹介したアドルノとホルクハイマーの批判的継承から研究をスタートした背景を説明しました。「啓蒙の弁証法」による問題告発は有意義ではありましたが、具体的に問題の構造を腑分けして解析する必要があるという目的意識で、「生活世界の植民地化」という概念を提案しました。

生活世界とは、先行する哲学者であるフッサールが提起した概念ですが、それを受け継いで社会的絆や素朴な感情の共有といった共同体のことを指しています。それがシステムによって植民地化されてしまうことを防ぐために、システムと生活世界が有機的に結びつけて、双方向的なやりとりが必要となります。そのために必要なのがコミュニケーション的行為であるわけです。

これに対して、第2部と第3部では、抽象度が高くて分かりにくいという声が上がり、具体的な次元にブレイクダウンして対話を進めていきました。その中でコミュニケーション的行為よりも、「生活世界」という概念に関心が移っていきました。話が通じない人に自分の考えを伝えられないという悩みはとても小さな問題で、それよりも社会的絆や素朴な共感の基盤である生活世界がシステムに植民地化されることによってやせ細っていることの方が大きな問題であることが明白になってきました。

ハーバーマスによれば、システムと生活世界の間の調整がコミュニケーション的行為であるということになるのですが、その一方で、私たちは生活世界そのものについての哲学的背景についても理解を深めたいということになりました。次回は「生活世界とは何か?」と題して、フッサールが提起した生活世界について理解を深めるとともに、その基盤となった彼が創始した現象学そのものについても簡単に案内します。現象学は「事象そのものへ!」をモットーに私たちの原初的な意識へと遡行する知的営みで、社会学や精神医学にも大きな影響を与えています。そのような深い視座のもとに、疎外させられている生活世界への理解を深める対話を行います。