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マルティン・ハイデガー

【活動報告】第50回哲学カフェ×ミュージアム「宗教とインターネット」2022/09/18

9/18(日)にFactory Art Museum Toyama において「宗教とインターネット」をテーマとして哲学カフェを開催しました。

現地参加者5名、オンラインでの参加者1名でした。初参加者の女性の方もいらっしゃいました。

第1部では、ファシリテータの野末から基礎知識の共有を行いました。

マックス・ヴェーバー(Wikipediaより)

近代社会において合理化が進むにつれて、マックス・ヴェーバーが言うところの「脱魔術化」が進むと思いきや、ホルクハイマーとアドルノが言うところの「啓蒙の弁証法」が働いて野蛮な社会が到来してしまうという逆説について紹介しました。

次に、その最も顕著な例として「アメリカニズム」を挙げました。具体的には福音派と原理主義に代表される宗教右派の勢力の勃興と新自由主義がお互いを促進するように発展して、政治に大きな影響力を与えているというこの数十年の歴史を紹介しました。GAFAのようなIT企業が宗教右派の勢力が強い国で発展するという逆説はいつも私たちに戸惑いを与えますが、ハイデガーが「ゲシュテル」(総駆り立て体制)で指摘する計量可能性が私たちの仕事と生活に深く浸透しており、その淵源が特に「アメリカニズム」において顕著に現れているわけです。ゲシュテルに潜む「ユダヤ・キリスト的な創造の思想」が、片方では宗教右派として、他方ではGAFAのようなIT企業として発言しているということです。

第2部では、この第1部の内容がハードだったのではないかと思ったので、参加者の皆さんに内容を咀嚼してもらうためにも、ざっくばらんに昨今の旧統一教会の問題に関する対話をしたり、それぞれの宗教に対するスタンスや思いについて自己開示してもらい、対話が穏やかに進みました。きわどい体験についての自己開示もあり、話しやすい環境づくりには成功していたのではと自負しています。

第3部では少し視座を挙げて、私たちがこの「アメリカニズム」あるいは「ゲシュテル」とどのように向き合うのかという対話に移行することができました。「そもそも私たちはなぜ脱魔術化を目指しながらも、新しい魔術に囚われてしまうのか」という問いについて対話が弾み、私たちの仕事と生活に深く浸透したアメリカニズムについて距離を置いて眺める視点が、おのおの持つことができたのではないかと自負しています。

次回は、今回の議論との関係性、そして現今繰り広げられているロシアによるウクライナ侵攻についての考察を深めるために、「戦争と平和」テーマで議論を行います。主にカントの『永遠平和のために』を典拠として対話していきます。

話題提供とそのポイントの板書

【活動報告】第49回哲学カフェ×ミュージアム「テクノロジーとサイボーグ化された身体~メタバース特別企画~」2022/08/14

8/14(日)にFactory Art Museum Toyama において「テクノロジーとサイボーグ化された身体」をテーマとして哲学カフェを開催しました。

現地参加者3名、オンラインでの参加者3名でした。前回は北京冬季五輪の閉会式に合わせて「オリンピックとは何か」をテーマに議論を提供してくれた高橋浩二さん(長崎大学准教授)を、今回は現地にお招きしました。スポーツにおける身体性とテクノロジーの関係性について話題提供をしてもらい、その後議論を行いました。

話題提供とそのポイントの板書
ゲストをお招きした上で、オンライン配信と現地参加者への対応のハイブリッド方式で開催しております

前回話題になった五輪憲章におけるnatural person の疑問点への回答から始まって、前回の議論をふまえながら話が進んで、議論の蓄積が感じられた回となりました。継続的に身体性のテーマを追いかけることは良いことだと思いました。また、継続テーマであるメタバースについても身体性という観点から理解が深められたことも良かったです。

引き続いて、この動画を見ながら、サイボーグ化された身体について議論を行いました。法律的に言えば、臓器移植や脳移植など以前から論じられてきたテーマの再来だというコメントがありました。また、私自身も技術者として言えば、ロボットは原義で言えば「労働」の代替であり、アンドロイドである必然性が高くないというコメントをしました。

他方、eSportsはスポーツか?という問いについての議論が大きく盛り上がりました。議論のポイントとして、身体性を介するか否か、現場で対戦相手と対局しているのかなど、様々な観点があるようです。多くは、身体性を介することを重視する議論が、高橋さんが所属する教育の業界では多いようです。障碍者にも機会均等の扉を開くなど、eSportsには良い点が挙げられますが、

ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの対立軸でスポーツを考える点が挙げられて、個人的に興味深く思いました。スポーツの効用として、ゲマインシャフトにおける団結力を高める点が挙げられていました。この点は個人的には盲点で、スポーツはうっとうしいもので、できるだけ関わりたくないと思っていた一つの視覚が与えられました。サイボーグ化された身体というテーマでありながら、いや、そうであるからこそ、その陰に隠れるような泥臭い人間の要素が浮き彫りにされて興味深かったです。

議論を十分に展開できなかったと悔やまれるのは、主体が「人間/機械」なのか、そして客体が「人間/機械」によってスポーツを比較・検証することで、スポーツとは何かを検討することができなかったことです。せっかく興味深い観点を提供していただいたのに、展開できなくて残念でした。また、高橋さんの出発点が、生の哲学の系譜に属するゲオルグ・ジンメルの研究であった点も掘り下げられなかったことも悔やまれますが、この点は、下記の論文が公開されていますので今後掘り下げる機会もできるでしょう。

運動実践において独自に現れる「まなざし」:ジンメルの相互作用論の考察から

話題提供を頂いた高橋さんと野末
話題提供を頂いた高橋さんと野末

次回は、今回の身体性の議論を踏まえて、また現今盛り上がっているトピックを盛り込む形で、しかも継続テーマであるメタバースを絡めて、インターネットの興隆と宗教右派というテーマで議論を行います。

【論文寄稿】日本建築学会「哲学と工学の対話の試み~技術決定論と民主的合理化~」

代表の野末が日本建築学会に論文「哲学と工学の対話の試み~技術決定論と民主的合理化~」を寄稿しました。哲学カフェにおける対話がベースとなって執筆することができました。対話に参加してくださった皆様と、きっかけを与えてくださった熱心な参加者である富樫様に感謝いたします。

<参考>人為的要因による自然災害の防止に向けた技術・社会に関する特別研究委員会(第二次) | 日本建築学会

下記は寄稿論文の概略です。

近年の IT 技術は指数関数的速度で進行している。技術が社会から自律して、しかも社会に大きな影響を与えるという「技術決定論」は、核技術をめぐって 20 世紀から唱えられてきたが、21 世紀になり IT 技術の指数関数的速度の進展を伴いそのリアリティは増している。この決定論の源流の一つは哲学者ハイデガーにある。彼の提唱した「ゲシュテル」と「テクネー」という概念の妥当性を、「政治的存在論」(ブルデュー)を通して検証する。その上で、それを批判したフィンバーグの「民主的合理化」の議論を取り上げ、その中にある政治的契機を明確にする。

哲学と工学の間で格闘している私にとって、とても意義深い論文となりました。これから詳細を掘り下げていきたいと望んでいますし、いま哲学カフェで連載している「メタバース」シリーズはその一端です。今後もおつきあいください。