【活動報告】第91回「「手」は「脳」よりも賢いのか?― セネット『クラフツマン』と西田幾多郎で解き明かす、AI時代の「作る」哲学 ―」 2026/02/15

2/15(日)、定例開催のFactory Art Museum Toyama で、現地6名による開催となりました。今年度の年間テーマとして、「ホモ・ファーベル」を掲げて、手を動かしてものをつくることと考えることとの相即性について対話する一年としていることを再確認して開催しました。社会学者リチャード・セネットの著書『クラフツマン』を主軸に、日本の哲学者・西田幾多郎の「行為的直観」を補助線として、AI時代における「作る(Making)」と「考える(Thinking)」の関係性について議論を深めました。

当日の光景
当日の光景

以下、当日の議論の要点を報告します。

1. クラフツマンシップの哲学的再定義

まず、伝統的な西洋哲学における「思考」と「制作」の分断を問い直すところから対話が始まりました。

  • 「作る」と「考える」の統合:
  • プラトン以来の西洋哲学は、しばしば「頭で考えること(思考)」を上位に、「手で作ること(制作)」を下位に置く二元論に縛られてきました。
  • セネットの師匠であるアーレントは有名な「労働・創作・活動」の仕事の三分類を挙げていますが、その中で、創作(手で作ること)が活動(政治など公共的な行い)に劣後するというプラトン以来の考え方にしばられています。
  • しかし、セネットはこの分断を否定し、「作ることは考えること(Making is Thinking)」であると提唱。思考と制作は別々の工程ではなく、渾然一体となった一つのプロセスであることを確認しました。
  • 西田幾多郎「行為的直観」との接続:
  • このセネットの主張を裏付ける論理として、西田幾多郎の概念が紹介されました。
  • 双方向の循環構造: 私たちは対象を一方的に加工するのではなく、素材からの抵抗を受け取ることで思考を深めていきます。「作られたものから、作るものへ」。この手と頭、主体と客体の双方向的な循環こそが、創造の現場です。

2. 身体知と技能習得のメカニズム

続いて、議論は「技能(スキル)」がいかにして獲得されるかという具体的なメカニズムへと移行しました。

  • 身体知(Tacit Knowledge)の正体:
  • 理論やマニュアル(頭)だけでは埋められないギャップを埋めるのが「身体の感覚」です。
  • 合気道の事例: 「力を抜け」という言葉による指示は、身体的な実践を通じて初めて「必要な場所に力を入れ、不要な緊張を解く」という高度な調整として理解されます。
  • 習得に必要な要件:
  • 複雑性と最適化: あえて複雑性を高め、負荷をかけることで、身体は自ら解を見つけ出そうとします。
  • フィードバックのループ: 成功と失敗の反復から得られる素材からの応答が、即座に思考へとフィードバックされ、技能を最適化させます。

3. 歴史的・現代的実践モデル

クラフツマンシップは個人の内面だけでなく、社会的な知の共有にも寄与してきた歴史が示されました。

  • 18世紀フランス「百科全書派」:
  • ディドロらは、職人の「手の動き」や工場や設備の構造を図解・言語化することで、それを「知性」として認めさせようと試みました。
  • 現代の「Linux / オープンソース」:
  • 現代におけるクラフツマンシップの最良の例として、Linuxの開発コミュニティが挙げられました。
  • 彼らはエラー(抵抗)を隠さず共有し、コミュニティ全体で修正します。この「対話的な修正プロセス」は、まさに中世のギルド精神の現代版と言えます。

4. 「抵抗」と「対話」

議論の核心として、「抵抗(Resistance)」の重要性が強調されました。

  • 抵抗の定義:
  • 思考や身体が対象(素材や自然)に働きかける際に生じる「思い通りにならない負荷」のこと。
  • この「抵抗」があるからこそ、人間は工夫し、悩み、それによって自己を変容(成長)させることができます。

5. 人工知能(AI)と文明の転換

最後に、AIの台頭によって人間の知性がどう変わるかについて、未来を見据えた議論が行われました。

  • AIの限界(身体性の欠如):
  • AIは計算処理(情報処理としての思考)は行いますが、身体を持たないため、物理的な「抵抗」を感じることができません。
  • したがって、西田の言う「逆限定(世界から教えられ、自己が形成される体験)」が起きず、「作る」と「考える」の循環が成立しません。
  • 文明の転換点としての現在:
  • AIが「脳(計算)」を代替しつつある今、人間が取り戻すべきは「作る > 思考」という新たな序列ではありません。
  • 結論: 私たちが目指すべきは、「作る」と「考える」が分かち難く結びついた、本来の人間的な知性(行為的直観)の回復です。
  • 効率化によって排除されがちな「抵抗」や「試行錯誤」のプロセスの中にこそ、AIには代替できない人間の尊厳があることが再確認されました。

当日のホワイトボード
当日のホワイトボード

【総括】

今回の哲学カフェでは、近代が切り離してしまった「手」と「頭」を、セネットと西田幾多郎の論理によって再び縫い合わせることができました。
「作ることは考えること」。このシンプルな真理は、AIにすべてを委ねようとする現代文明への静かな、しかし力強い「抵抗」の拠点となるでしょう。
次回は、この議論をさらに発展させ、「壊れた世界を直す(修理)」という視点から、マシュー・クロフォードの思想を読み解きます。


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