【主宰者コラム】社会的共通資本

「社会的共通資本」というキーワードが私の中を駆け巡っている。

 

提唱者宇沢弘文さんの晩年のオピニオンには違和感を覚えるが、社会的共通資本というコンセプトは今もなお有効だと思う。

 

 

有効どころか、台風と震災に直面してますます重要性を帯びている。地球温暖化問題は、CO2買取とか、再生可能エネルギー買取とかビジネスの論理に回収されてしまいがちで、それが嫌悪感を招いているが、そうではなく、遍く人々に必要な社会的共通資本の論理で考えていくべきである。

 

社会的共通資本は環境を維持するインフラという意味合いもある。「築土構木」は遍く人々にとって必要なものだが、建設業の利権云々の論理に回収されてしまいがちで、これもまた再生可能エネルギーと同様、嫌悪感を招いてしまっている。しかし、そうではなく、大地に棹さしてインフラを構築することは、遍く人々にとって、生活環境の安全を保護する公益的な営みである。

 

社会的共通資本を維持するすべての人々への配当金としてのベーシックインカムというコンセプトに到達できないだろうかとも考えている。配当金でもあり、全ての人々がその維持に努める義務もある社会的共通資本というコンセプトである。社会的共通資本を浪費する消費者ではなく、そのメンテナンスに励むステークホルダーである。

 

各家庭が太陽光パネル設置して売電益でちょっとした小遣い稼ぎでおしまいということではなく、有事の際には自立した発電者としてリスク分散の一翼を担うこともできるというというイメージが伝わるであろうか。ベーシックインカムが元手としてあれば、こんな楽しい遊びにも携わる余裕ができて好循環であろう。

 

わがや電力

社会的共通資本というコンセプトが興味深いのは、教育や医療、福祉も含む点である。これについては別途書くこととする。

 

こんなことを哲学カフェで考えてみたい。

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