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【活動報告】第80回哲学カフェ「IKIGAIとは何か?」2025/2/16

2/16(日)、今回は定例開催のFactory Art Museum Toyama で、現地6名、オンライン2名参加者による開催となりました。大いに盛り上がった会となりました。下記が概要となります。

当日の会場の様子

生きがいを巡る哲学カフェ:働き方改革とすき間バイトの影響、そして深まる議論

「生きがい」について率直な意見を交わしました。今回は、現代社会における働き方改革やすき間バイトが「生きがい」に与える影響についても議論が展開されました。さらに、実際にすき間バイトを経験された60代の方の体験談を伺うこともでき、議論はより深まりました。議論の中では、「重い生きがい」と「軽い生きがい」の概念や、それぞれの代表的な論者である神谷美恵子氏と茂木健一郎氏の生きがい論についても検討が加えられました。

西洋と日本の労働観から探る「生きがい」の概念

前回のトッドの家族人類学においても論じられた、西洋と日本の労働観の違いからファシリテーターは説明しました。

西洋では、プロテスタントの思想が根強く残り、「労働は罪の償いであり、資本の蓄積こそ救いにつながる」という考え方が存在します。一方、日本では「会社で貢献することが生きがい」という風潮が色濃く残っています。

同じ「労働」という行為でも、その捉え方は文化によって大きく異なることが分かります。

世界におけるIKIGAIの流行、そして茂木健一郎氏と神谷美恵子氏の生きがい論

ファシリテーターはその次に、ブルーゾーンや長寿研究など、世界で流行するIKIGAI論の動向と、それを受けて日本人の立場で生きがい論をまとめた茂木健一郎氏の生きがい論と、古典的な生きがい論である神谷美恵子氏の生きがい論を紹介しました。

多様な生きがい、そして見つけ方

これを受けて、生きがいには「重い生きがい」と「軽い生きがい」があるのではないかという意見が出ました。

「重い生きがい」とは、人生をかけるような目標や使命のこと。神谷美恵子氏の生きがい論がこれに該当すると考えられます。

一方「軽い生きがい」とは、日々の生活の中で感じる小さな喜びや楽しみのこと。茂木健一郎氏の生きがい論がこれに該当すると考えられます。

生きがいの種類は一つではなく、人によって、また時期によって変化するものであることが示唆されました。

これらのキーワードは、生きがいを深く探求するためのヒントになるかもしれません。

「重い生きがい」と「軽い生きがい」:それぞれの相違点と共通点

議論の中で、「重い生きがい」と「軽い生きがい」の相違点について検討が加えられました。

重い生きがい

  • 人生をかけた目標や使命
  • 社会貢献や自己実現
  • 芸術・文学・宗教・哲学などで精神世界を深める

軽い生きがい

  • 日々の小さな喜びや楽しみ
  • フロー体験
  • 小さな楽しみに没頭して無我夢中になる

それぞれの違いに対し、共通点として主体的に探求することが挙げられました。哲学的に深めるとするならば、我を忘れて没頭するだけでなく、損得を忘れて大いなるものに人生をささげて善く生きようとする経験を描いた西田幾多郎の『善の研究』が一つの参考になるかもしれないと示唆しました。

当日のホワイトボード

働き方改革やすき間バイトが「生きがい」に与える影響

近年、働き方改革やすき間バイトといった新しい働き方が登場しています。これらの働き方は、「生きがい」にどのような影響を与えるのでしょうか?

プラス面

  • 自由な時間が増えることで、自分の本当にやりたいことを見つけやすくなる。
  • 様々な仕事を経験することで、自分の才能や興味関心を発見できる。
  • 柔軟な働き方によって、仕事とプライベートのバランスを取りやすくなる。

マイナス面

  • 非正規雇用や不安定な働き方によって、将来への不安を感じやすくなる。
  • 働く時間が減れば仕事の流れ全体が効率化されて、試行錯誤する時間が減らされるようになり、仕事の面白味が感じられなくなる傾向がある。
  • 労働量が減ると労働の質が下がる感じがする。
  • 孤独感や孤立感を感じやすくなる。

個人次第という意見も

働き方改革やすき間バイトが「生きがい」に与える影響は、個人によって異なると考えられます。

例えば、

  • 自分のペースで働きたい人にとっては、自由な時間が増えることで生きがいを感じやすくなるかもしれません。
  • 一つの仕事を長く続けたい人にとっては、非正規雇用や不安定な働き方は不安要素となるかもしれません。

実際にすき間バイトを経験された方の体験談

今回は、実際にすき間バイトを経験された60代の方の体験談を伺うことができました。

その方は、定年退職後、時間を持て余す傾向があったが、働くことによって世の中の人とかかわる喜びを感じるようになり、ついに農繫期にすき間バイトを始めたところ、様々な人と出会い、新しい経験をすることができたと言います。

「すき間バイトを通じて、人生観や職業観が変わった」と、その方は語っていました。

議論のまとめと今後の展望

IKIGAIを深く理解するためには、重い生きがいも軽い生きがいも共通して、無我夢中でありながらも、滅私奉公になっては生きがいが失われるので主体性も大事だという点が浮かび上がってきました。

その相反関係を紐解くためには、西田幾多郎の『善の研究』にある純粋経験が参考になるのではないかとファシリテーターが提案したところから、次回はそのテーマで哲学カフェを開催することになりました。

【活動報告】第79回哲学カフェ「家族とは何か?―日本人の心に潜むその意味を問い直す」2025/1/19

1/19(日)、今回は定例開催のFactory Art Museum Toyama に戻って、2025年初めての哲学カフェを開催しました。

好天に恵まれて、現地8名、オンライン1名参加者による開催となりましたが、驚いたことに東京都から1名、福井県から1名の参加者がいらっしゃって、大いに盛り上がった会となりました。下記が概要となります。


第1部:トッド『西洋の敗北』の概要と家族論・文明論の検証

エマニュエル・トッドの著書『西洋の敗北』では、彼の家族人類学を基盤とした文明論的視点から、西洋の衰退を論じている。本書の中心的な主張は、家族構造が社会制度や価値観の形成に決定的な影響を与えるというものであり、トッドはこれを「核家族」「直系家族」「共同体家族」の三分類で分析する。

  • 核家族:個人主義が強く、自由と平等を重視する。西欧諸国で広く見られるが、個人主義の発展とともに社会的結束力が弱まる傾向がある。
  • 直系家族:世代間の強い繋がりを持ち、家父長的な価値観が支配的。日本やドイツに多く見られる。
  • 共同体家族:親族単位の結束が強く、個人よりも集団の価値が優先される。ロシアや中国に典型的な形態。

これらの家族形態が、それぞれの地域の文明の成り立ちと密接に関連していることをトッドは指摘する。しかし、このモデルがどこまで文明論に応用可能なのかについては、参加者の間で活発な議論が交わされた。

また、『西洋の敗北』では、西洋の衰退を「プロテスタンティズム・ゼロ状態」「プロテスタンティズムの労働倫理の衰退→労働の目的を見失う」「国民・ゼロ状態」といった要素で説明する。この見立ての妥当性についても、参加者の間で賛否が分かれた。

さらに、トッドの方法論である家族人類学やデータ実証主義に対して、一部の参加者からは批判が見られた。定量的データを重視する姿勢は評価される一方で、データに依存しすぎると現実の複雑な要素を見落とす可能性があるとの指摘もあった。


第2部:「日本人が強いられる選択は?」を個別具体から考える

トッドは本書の中で、日本人が今後どのような選択を強いられるのかを問いかけている。この問いを出発点として、参加者は以下のようなテーマについて議論を行った。

  • データ実証主義への反発と克服の可能性
    • データ分析を無視することはできないが、それだけでは現実を正しく捉えられない。
    • 数値化できない要素(文化、価値観、倫理)をどのように評価すべきか。
  • 「感謝」という内面性の回復
    • 日本社会において、個人の尊厳や他者への感謝の意識が希薄化しているのではないか。
    • 感謝の文化をどのように再構築するか。
  • 生きがいの再定義
    • 労働の目的を見失いがちな現代社会において、生きがいをどこに見出すべきか。
    • 仕事、地域コミュニティ、家庭など、生きがいの源泉を多様化する必要がある。

第3部:「日本人が強いられる選択は?」についての総括

第2部の議論を踏まえ、日本社会の未来に関する総合的な考察が行われた。

  • 日本人の役割
    • 西洋の衰退が進む中、日本は独自の価値観と社会モデルをどのように発展させるべきか。
    • 日本の伝統文化や労働倫理の再評価が求められる。
  • 日本人の労働倫理
    • 「プロテスタンティズムの労働倫理の衰退」に対し、日本の労働倫理はどのように持続可能な形で維持できるか。
    • 過労文化の是正と、やりがいのある働き方の模索。
  • 「圧縮された近代」の弊害とその克服
    • 急速な近代化による社会的ストレスと自己中心主義の蔓延が、どのような影響を及ぼしているのか。
    • 伝統と近代化のバランスをどのように取るべきか。
  • 家と会社を手掛かりにできないのか?
    • 家族や企業コミュニティを通じて、社会の安定を取り戻すことは可能か。
    • 経済的合理性だけでなく、精神的な充足感を重視する社会構造の模索。

まとめ

今回の哲学カフェでは、エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を手掛かりに、日本人が今後どのような選択を迫られるのかを深く議論した。家族構造と文明論の関連性、データ実証主義の限界、日本社会の持つ独自性など、多岐にわたる視点からの意見が交わされた。

特に、「感謝」や「生きがい」の回復、労働倫理の持続可能性など、単なる理論にとどまらない具体的な提言が多く出されたことは大きな成果である。今後もこの議論を深め、より実践的な方向へと発展させていくことが求められる。

次回の哲学カフェでは、IKIGAIがドイツで100万部のベストセラーを実現するなど、労働倫理を見失った西洋では日本「生きがい」という概念に注目が集まっている点に着目して、その可能性について検証したい。

【活動報告】第77回哲学カフェ「SDGsはなぜうさんくさいのか?」2024/12/15

12/15(日)、今回は定例開催のFactory Art Museum Toyama とは場所を変えて、旧大和百貨店4階 御旅屋セリオにて、高岡市との共催企画SDGsDaysとして、「SDGsはなぜうさんくさいのか?」という攻めたテーマ名として哲学カフェを開催しました。

現地7名の開催となりました。

1.概要
今月は、哲学的視点から批判・擁護・実践の三部構成で議論を行いました。まず第一部では、SDGsに対する違和感や矛盾点を深掘りし、第二部ではそれを擁護する道筋について模索しました。最後に、第三部では「実践」に焦点を当て、具体的な行動案を探ることで議論を締めくくりました。


2. 第一部:批判 - なぜうさんくさいと感じるのか?
SDGsに対する批判的視点から、以下のポイントが議論されました:

  1. 矛盾
    • SDGsの中に含まれる「経済成長」と「環境保全」という相反する目標に対し、参加者は「矛盾した目標を一つの枠組みに押し込めている」と指摘しました。
    • レオポルドの土地倫理やヒックルのアニミズムの議論を参照し、自然との共存が前提となる倫理観と現代的な成長志向の間の乖離について深掘りしました。
  2. 手法
    • SDGs達成のための「バックキャスト方式」に対する違和感が共有されました。この方式では未来から現在を見つめる視点が重要とされますが、具体的な行動計画の不透明さや実現可能性への疑念が挙げられました。
  3. 欺瞞
    • グローバル企業によるグリーンウォッシュ(表面的な環境配慮を装う行為)の実例を挙げてケーススタディを行い、参加者の間で「SDGsが実質的な変化をもたらしているのか」という議論が活発化しました。
  4. 体制
    • 国連という組織の構造的な問題についても議論が及び、「一部の大国や企業の利益が優先されているのではないか」という批判が共有されました。
  5. 動機
    • ナッジ理論やゲーム理論的手法を用いた動機付けについて、『サスティナビリティの経済哲学』を参照しつつ、倫理的観点からの疑念が提示されました。「これらの手法が人々の自由意志をどこまで尊重しているのか」が主要な論点となりました。

3. 第二部:擁護 - あえて擁護する道筋はあるのか?
批判を踏まえたうえで、SDGsを擁護するための議論も行われました:

  1. 多様性
    • SDGsがジェンダー平等、生物多様性、ローカルの多様性を重視している点が評価されました。
  2. 未来の時間軸
    • 評価指標の時間軸が長期的になったことが、過去の短期的政策と比較して意義深いと指摘されました。
  3. 計測性
    • SDGsの達成度は問題も多いものの、時系列での比較が可能である点で一定の価値があるとされました。
  4. 共通の枠組み
    • 193か国が合意した国際的な枠組みそのものに大きな意義があるとする意見がありました。
  5. 日本企業の文化との親和性
    • 日本の伝統的な「三方良し」の思想はSDGsの目標と調和しており、さらに未来軸を加えることで「四方良し」に進化し得るという肯定的な見解が示されました。
  6. 土地倫理やアニミズムの反映
    • レオポルドの土地倫理やアニミズム的視点がSDGsの一部指標に取り入れられている点は、新たな可能性を示すものとして評価されました。

4. 第三部:実践 - いかにして実践するのか?
最終部では、各参加者が主体的に取り組める実践案について議論しました:

  1. 住環境の改善
    • 樹脂サッシによる内窓設置など身近な住環境から始める具体例が多く挙げられました。
  1. 富山県の産業構造からのアプローチ
    • アルミ産業が盛んである富山ならではのアルミのリサイクルは、そのリサイクル効率の高さに加えて、地域の特色を活かした持続可能な取り組みとして検討の価値があると提案されました。
  1. ローカルな試み
    • 小規模多機能自治や地元主導の取り組みが、SDGsの理念と親和性を持つ可能性について議論されました。
  1. 発電をめぐる多様なアプローチの模索
    • 核融合発電から非電化工房に至るまで、多様な方法を組み合わせて実践する必要性が指摘されました。
  1. 主体的な行動の重要性
    • 「一人ひとりは微力だが、バタフライエフェクトを起こし得る」という希望が共有され、選挙投票率の向上に似た形で、各自の小さな行動が全体に影響を及ぼす可能性が強調されました。

2024年は選挙イヤーであったこともあり、政治の話題を多く取り入れました。2025年は「私たちは日本人としてどう生きるべきか?」をメインテーマとして、日本と世界の関係性について考えていきます。日本と西洋、日本と東洋、日本と中露・グローバルサウスなど、その哲学的な背景から比較文化論のアプローチで考察していきます。

2025年の1月は、定例開催通りFactory Art Museum Toyamaにて「家族とは何か?―日本人の心に潜むその意味を問い直す」と題して開催します。