最新情報

【活動報告】第91回「『頭 手 心』 ― 偏った能力主義(メリトクラシー)を超えて」 2026/01/18

1/18(日)、定例開催のFactory Art Museum Toyama で、現地6名、オンライン2名による開催となりました。今年度の年間テーマとして、「ホモ・ファーベル」を掲げて、手を動かしてものをつくることと考えることとの相即性について対話する一年とすることを予告して開催しました。


今回はデビッド・グッドハートの著書『頭 手 心』を導入に、現代の「成功」の定義を問い直すところからスタート。その後、英国シェフィールドと富山のデータを比較し、AI時代の価値分配や地域(富山)のあり方について、ホワイトボードがいっぱいになるほど多角的な議論が展開されました。

以下、当日の議論の要点を報告します。


1. 導入:書籍『頭 手 心』の概略

議論の前提として、今回のベースとなるデビッド・グッドハートの著書『頭 手 心(Head, Hand, Heart)』の核心部分を共有しました。

  • 3つの能力分類と不均衡:
    • 頭(Head): 認知的・分析的能力(試験の成績、学歴)。現代社会ではこれに過度な報酬と地位が与えられている。
    • 手(Hand): 職人技、肉体的・技術的能力。
    • 心(Heart): ケア、感情的知性。
    • 現代は「頭」偏重の社会であり、「手」と「心」の価値が不当に低く見積もられている。
  • 「ピーク・ヘッド(頭脳の飽和)」:
    • 知識経済の拡大は限界に達しており、これ以上「頭脳労働者」を増やしても社会は豊かにならないかもしれない、という衝撃的な仮説が提示されました。

2. 「シェフィールド」と「富山」のデータ比較

この理論を現実に当てはめるため、グッドハートが示した英国の事例と、富山の現状を具体的な数字で比較しました。

  • 英シェフィールドの激変(HandからHeadへ): 工場が消え、大学(知識産業)へ産業構造が極端に転換した事例。
  • 富山の現状(Hand維持・Heart急増・Head流出):
    • 製造業(手)は維持されている一方、ケア労働(心)が約2.5倍に急増。
    • 県外流出の8割が大学生であり、極端な「頭脳流出」が起きている。

3. 「風の谷」という希望 ― 「疎(そ)」な地域の再定義

議論の中盤、ホワイトボード中央に書かれた**「風の谷」というキーワードを核に、これからの富山が目指すべき未来像について深掘りが行われました。

これは安宅和人氏(慶應義塾大学教授)が提唱するコンセプトであり、単なるアニメの引用ではなく、「都市集中型」へのオルタナティブとして議論されました。

  • 「疎(そ)」な地域の価値転換:
    • これまで地方の「過疎」はネガティブに捉えられてきたが、これを「疎」と捉え直し、「広々として快適な空間」「風光明媚」という贅沢な資源として再評価する視点が提示されました。
    • 都市の「密」がパンデミックやストレスのリスクを高める中、「開放性」のある地域こそが、人間らしい生活の舞台となり得るのではないか。
  • 「風の谷」の要件と富山のポテンシャル:
    • 議論では、「風の谷」を実現するための要素として以下が挙げられました。
      1. 経済的付加価値の高さ: 単なる田舎暮らしではなく、テクノロジーや知恵を使って高い経済価値を生み出すこと。
      2. 再生可能エネルギー: 水や風など、地域独自のエネルギーで自立していること。
      3. 顔が見える自立した地域: 巨大なシステムに依存せず、コミュニティ内で役割分担が可能であること。
  • 「頭・手・心が一体になった地域」へ:
    • グッドハートの議論と接続し、「都市=頭(Head)だけの場所」に対し、「風の谷=頭・手・心が統合された場所」になり得るという希望が語られました。
    • 自然の中で身体(手)を動かし、コミュニティ(心)を大切にしながら、高度な知的生産(頭)も行う。このバランスこそが、AI時代の「真の豊かさ」ではないかという展望が開かれました。

4. AI・ベーシックインカム・価値の分配

テクノロジーの進化と、それに伴う社会システムの変容についても深い議論が交わされました。

  • AIと価値分配:
    • AIが生み出す価値をいかに分配するか? 「AI課税」の可能性。
  • ベーシックインカム(BI)と「結(ゆい)・もやい」:
    • 日本古来の相互扶助システム「結・もやい」のような形での支え合いはあり得るか?
    • BIは「人間疎外」に対して有効か?という根源的な疑問が残るので、BI以外に支え合いの機能が必要でないか?
  • 役割分担の可能性:
    • AIが「頭」を担うなら、人間は「体(手)と心」に集中することで、「全人的活動・労働」を取り戻せるのではないか。

5. メリトクラシー(能力主義)を超えて

最後に、テーマの核心である「人間の尊厳」と富山固有の歴史的背景について、深く掘り下げた対話が行われました。

  • 三七体制とメリトクラシーへの異議申立:
    • かつて富山県で行われた独自の教育施策「三七体制(高校入試において普通科3割・職業科等7割とする定員配分)」について議論が集中しました。
    • これは「大学に行くのは3割で良い」とする差別的な選別思想を含んでおり、当時の若者たちに深い疎外感を与えました。
    • この抑圧への反抗が「暴走族」を生み出し、結果として富山県が「暴走族発祥の地」となったという歴史的経緯が指摘されました。
    • 教育施策の歪みが若者のカウンターカルチャーを生んだ事実はあれど、これらがセットで論じられることは稀有であり、地域固有の能力主義の弊害として重要な視座が提示されました。
  • 人間の尊厳と脆弱性:
    • 電気(エネルギー)への依存など現代文明の「脆弱性」を認識しつつ、人間としての尊厳をどう守るか。

【総括】

「都市と地方の格差は根深い」という現実認識から出発しましたが、「風の谷」というコンセプトを通じ、富山が持つ「疎(空間的ゆとり)」「製造業(手)」「ケア(心)」の基盤は、AI時代においてむしろ最強の資産になり得るという希望が見えました。

次回のセネット『クラフツマン』では、この「手」の価値をさらに内面から掘り下げていきます。

【論文寄稿】メンバー・哲学カフェ参加者の「災害と社会」研究談話会への寄稿論文のご紹介

アガトンラボの代表の野末と、役員の中林が「災害と社会」研究談話会災害と社会に関する広域的研究論文集 vol.3に論文を寄稿しました。さらに、哲学カフェの参加者である青木誠治さんも寄稿されています。きっかけを与えてくださった熱心な哲学カフェの参加者である富樫豊さんに感謝いたします。

3D プリンタを通した行為的直観による「制作」の回復の試みに関する一考察(野末雅寛)

本稿は、西田幾多郎の「行為的直観」を手がかりに、近代的分業が招いた「制作」の危機を分析し、3D プリンタによる回復の可能性を論じる。分業は主客を分離し人間性を疎外したが、3D プリンタは高速な試作サイクルで「もの」との対話を復活させ、主客未分の創造的「場所」を再構築する。これは、AI 時代における人間らしい「作る喜び」と倫理的課題を含む、新たな制作論の展望である。

大規模災害時の避難所システム不全問題~公共財のジレンマから社会的共通資本による解決へ~(中林秀仁)

大規模災害時の避難所不全を「集合行為のジレンマ」として分析。イタリア市民保護局の事例と宇沢弘文の社会的共通資本の概念を援用し、避難所を再定義する。日本版広域支援隊の創設や国家基準の設定など、被災者の尊厳を守る社会システム構築に向けた制度設計を提言する。

財産権に内在する制約(青木誠治)

憲法で保障された財産権を制限する法理について整理し、公共事業の用地買収事例を参考として、財産権の否認の可能性について検討したもの。

市民社会の熟成に向けた社会的基礎土壌づくり~足元からの積み重ね(富樫豊)

諸問題解決に向けた問題毎行動や連携行動への強力な支援には、社会全体の見識良識を構成する基礎力(社会的基礎土壌と称す)の醸成が必要として、これが問題対処のバックグランドとなる市民側の活力を増強すると考えた。ここでは、社会的基礎土壌を(市民や市民社会の)足元からの運動で構成されるとして、その根幹をなすコミユニケーションのコミユニテイと街づくりに着目し、基礎土壌の骨格を明らかにした。

当日の案内看板

【活動報告】第90回哲学カフェ「SDGs ~世界の中の日本:インターナショナリティとナショナリティ~」2025/12/21

12/21(日)、今回は定例開催のFactory Art Museum Toyama とは場所を変えて、旧大和百貨店4階 御旅屋セリオにて、高岡市との共催企画SDGsDaysとして、「SDGs ~世界の中の日本:インターナショナリティとナショナリティ~」というテーマで哲学カフェを開催した。

現地12名と、今年では最高の参加者数での開催となった。

当日の案内看板
当日の案内看板

1. 開催趣旨

年間テーマ「日本人としていかにして生きるべきか?」の最終回として、高岡市「SDGsDays」と連携し開催。SDGsという「国際的な目標(インターナショナリティ)」と、それを受け取る私たちの「日本的な現場(ナショナリティ)」の間にある摩擦や可能性について、エンジニアリングの視座を交えて対話を行った。

2. 議論の要点

(1) SDGsに対する「現場」の違和感

議論の出発点は、SDGs (Sustainable Development Goals)という言葉が現場にもたらしている「100%うさんくさい」「都合のいい看板(SDGsウォッシュ)」という率直な違和感であった。本来あるべき「危機感」が、数値目標の達成ゲームによって希薄化している現状への指摘がなされた。

(2) 構造分析:「静的な仕様書」vs「動的な創発」

この摩擦を解くため、SDGsの構造をエンジニアリングの視点で分解した。

  • SDGs = 仕様書(形式知): 国際社会から提示された、到達すべき「静的な目標(Goals)」
  • 現場 = 創発(暗黙知): その目標に関わらず、現場の試行錯誤から生まれ続ける「動的な改善(Development)」

(3) 提案と批判:「エンジニア哲学」と「ケア」の接続

議論の中盤、進行役(野末)より「世界をメンテナンスする(修理する)」というエンジニア哲学が提案された。これに対し参加者より「技術者だけが正解を持っているように聞こえる」という指摘がなされ、議論は「行為的直観」をキーワードに深化していった。

  • 西田哲学「行為的直観」の再解釈:
    「メンテナンス」の本質は、エンジニアの特殊技能ではない。それは西田幾多郎が説いた「行為的直観」の実践そのものである。
  • 計画(Goals)先行ではない: 「こうあるべき」という静的な設計図を世界に押し付けるのではなく、目の前の対象(壊れた機械、困っている人)に触れ、その反応を見ながら、手と思考を同時に動かすこと。
  • 創発的な解決策: それはあらかじめ固定された「開発」ではなく、問題に直面したその瞬間に、現場の手触りから生まれる「創発的な改善」である。この身体性こそが、予測不能な世界課題(バグ)を解決する鍵であり、あらゆる「ケア」の現場に共通する作法であることが確認された。

(4) 「G」と「D」の相克:静と動の対立

議論の総括として、ホワイトボードに記された「G」と「D」の力関係について、より厳密な定義に基づく分析がなされた。

  • 定義の修正:
  • G(Goals):静的な目標。あらかじめ固定された到達点・仕様書。
  • D(Development):現場からの創発的な改善。常に動き続ける動的なプロセス。
  • 「G > D」の罠(動性の凍結):
    静的なGoals(目標)が、動的なDevelopment(創発的改善)に対し優位になりすぎると、現場は「固定された正解」に合わせることを強いられる。結果、現場のダイナミズム(行為的直観)が凍結され、変化する現実に適応できない硬直したシステムとなる。
  • 「D > G」への転換(静を動かす):
    目指すべきは、Development(現場での動的な改善)がGoals(静的な目標)をリードする状態である。現場が主体的に手を動かし、そこで生まれた予期せぬ「創発的な解」が「静的な仕様書(G)」へとフィードバックされ、固定されていた目標そのものをアップデート(動的なものへ書き換え)していく。
  • フィードバックの具体例:BORO、民藝、アーツ・アンド・クラフツ
    この「現場の動的な実践が、静的なシステムを書き換えた」歴史的実例として、以下のトピックが挙げられた。
  • BORO(襤褸): 「布とはこうあるべき」という静的な規範(G)からではなく、寒さを防ぐために現場で継ぎ接ぎを繰り返した「動的な改善(D)」の集積が、結果として既存の美意識(G)を覆す圧倒的な美を生み出した。
  • アーツ・アンド・クラフツ運動・民藝運動: 大量生産という固定化されたシステム(G)に対し、現場の職人が「手仕事の創発性(D)」をもって応答し、システムのあり方を根底から問い直した運動。
    これらの例は、トップダウンの静的な目標に対し、現場が「行為的直観に基づく動的な創発」をもって応答し、システムを進化させた証左として再評価された。
当日の風景
当日の風景

3. 総括:2025年の結論

議論を通じて、「日本人としていかに生きるべきか」という問いに対し、「現場(D)の創発的な改善による、静的な目標(G)の更新」という道筋が見出された。

それは、あらかじめ決められた「静的な正解(G)」をなぞることではない。かつて「BORO」や「民藝」がそうであったように、あらゆる現場の人間が、マニュアルに盲従せず、自らの「行為的直観」を信じて対象に関わり続ける。そこから生まれる「創発的な改善」の集積こそが、SDGsという「静的な仕様書」を、生きたシステムへとアップデートし続ける駆動力となる。

「G > D(静による支配)」から「D > G(動による更新)」へ。

この転換こそが、来年度のテーマ「ものづくりの哲学」へと繋がる結論である。

2026年の予定

2026年の年間テーマは ものづくりの哲学 2026 ― 「ホモ・サピエンス(考える人)」から「ホモ・ファーベル(工作する人)」へ ―として、そのコンセプトは下記のものとします。

昨年、私たちは「言葉(ロゴス)」や「規範」だけで生きることの限界を知り、「手(身体)」を動かすことの重要性に辿り着きました。 2026年は、人間を「道具を使い、世界を作り変え、修復する存在(ホモ・ファーベル)」として捉え直し、AI時代の「労働」「技術」「芸術」の意味を問い直す。

2026年の1月は、定例開催通りFactory Art Museum Toyamaにて「『頭 手 心』 ― 偏った能力主義(メリトクラシー)を超えて」と題して開催します。